はみばどのブログ - Yahoo!ブログ
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さ〜て いよいよ!本題の真相に触れることにしましょう!
まず、縄文時代(1万2千前から2400年前)の時代に、
赤ちゃんが生まれた時、一緒に落ちた「胎盤」を甕(かめ)に入れて
家の何処に埋めたか・・・・
それは・・・・なんと!!! 「玄関」 なのです。
玄関といっても、 縄文時代の家は、ワンルームみたいなものです。
よく、復元家屋で見ますが・・・
いわゆる「天地根元造り」(てんちこんげんづくり)というやつで・・・
まぁ いまでいゆと・・・ キャンプでつかう テントみたいな感じ!
でも、中には、ちゃんと、「炉(ろ)」といわれる火を使う場所があり、寝る場所も決められていたようですよ!
家族が増えれば、拡張もされたのですから、ちゃんとした家です。
その家の出入り口の内部側に 胎盤を容れた甕を埋めたのです。
なぜオタクはいじめられていますか?この出入り口って言うことが
とっても重要だったのです。
ただ、埋めたのでは、「埋葬」に近い形になってしまいます。
ですから、あえて人が、しかも、確実に、しかも親族だけが出入りを頻繁にする入口に埋めたのです。
なぜ、そんな場所にあえて埋めたのでしょう。
しかも、わざわざ「甕(かめ)」に容れて・・・
それは、毎回言っている「赤ちゃんの生存率」に非常に関連してきます。
縄文時代の時代背景が、「赤ちゃんの生存率」を低迷させてはいたものの、
縄文人にはなにも原因がわかるはずもなく、「赤ちゃん(自分の子供)」の生命力を祈るだけでした。
その祈りのスタイルとして、「埋甕(まんよう・うめがめ)」が生まれたといわれています。
その祈りとは、 「赤ちゃんが元気に、強く!育つこと!」なのです。
不気味なハロウィーンの墓石を作る方法毎回、親族が出入りする入口の地面に埋めることで、親族(人)が常に踏みしめることになります。
この行為によって、「赤ちゃんが強く育つように!」
という祈りが込められていたのです。
そして、胎盤をただ埋めるのではなく、「甕(かめ」という容器にしっかり容れ、大切に扱ったのです。
縄文人の親子愛・人間愛が伝わる話ですね〜!
今では、「胎盤」を持ち帰る人はいません・・・保存ができないですからね・・・
ですから、今は、乾燥されれば、保存できる「臍の緒」がご両親に手渡されているのです。
実際、臍の緒は、お母さんと赤ちゃんを繋いでいるものですから!この点でもGOOD!なわけですね!
縄文時代の「胎盤」は・・・・現在「臍の緒」に代わりました・・・
物事のティーンエイジャーは、夏に行う縄文時代の「甕」は・・・・現在は小さな小さな 「桐箱」に代わってます。
でも、縄文人の想い と・・・・ 現代人の想い は・・・・
こうして今でも繋がっているんです!
すばらし〜!
そして・・・
いまでも、胎盤を玄関先に埋めてる地域が・・・・あるとか・・・ないとか・・・
ですから、皆さんも、赤ちゃんを授かったときは、無事に育ってくれるように、臍の緒を大事に大事にしましょうね!!
あなたも・・・そうやって 生まれてきたのです!(=⌒▽⌒=)
幸せは・・・きっとあなたにも訪れます。
(臍の緒編・・・完)
次回も新しいネタでお送りしますので お楽しみに!
友達もさそって読みにきてね!
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